【ディズニーランド・シーはいつできた?】誕生秘話や歴史を簡単に解説

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東京ディズニーランド
りりあん
りりあん

どうもディズニー大好き主婦の(@ririan)です。

ウォルト・ディズニーが創った子供だけでなく大人も楽しめる「ディズニー・パーク」は、今もなお世界中の人々に愛され、そして幸福を与え続けています。

私達日本人にとっても外せない観光スポットの1つとなっていますよね。

そんな私達日本人にとっても欠かせないテーマパーク、「東京ディズニーランド」と「東京ディズニーシー」はどの様な経緯で誕生したのか、

また、グランドオープン日から今日までどのようにして変化、進化を遂げていったのかを簡単に解説していきます。

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東京ディズニーランド・シーはいつできた?(開園記念日)

まずは、記念すべき東京ディズニーランドと東京ディズニーシーのグランドオープン日を、ちょっとした豆知識を交えながら紹介します。

パークのグランドオープン日は、パークにとってはもちろんゲストにとっても特別な日です。

特に5年おきにやってくるパークの節目となる年は、〇〇周年として1年を通してパークの開業をゲストとともにお祝いします。

ランドのグランドオープン日

記念すべき東京ディズニーランドの開業日(グランドオープン日)は以下の日にちです。

開業日
  • 1983年(昭和58年)4月15日

開園日当日はあいにく雨だったそうですが、約3,000名ほどのゲストが集まり、今は亡き「髙橋社長」のオープン宣言とともに、日本初のディズニーパーク「東京ディズニーランド」は開園を迎えました。

実は国外でディズニーパークがオープンするのは、日本が初めてでした。

当時開園日に集まったゲストは約3,000名ほどでしたが、今では年間数千万人を超える入園者数を記録し、世界的にみても多くの観光客が集まるスポットとして注目を集め続けています。

シーのグランドオープン日

実は第二パークの構想自体は1988年に決まっていたそうです。

しかし具体的な概要が明らかになるまでには約10年かかり、東京ディズニーシーがオープンするまでには13年もの年月を要することとなりました。

開業日
  • 2001年(平成13年)9月4日

この日、日本人にとってもっとも馴染みのあるテーマパークにしたいという「オリエンタルランド社」の強い意向から、世界初の海をテーマにした東京ディズニーシーが誕生しました。

でも、なぜ9月4日?と違和感を持たれている方も多いでしょう。

実は東京ディズニーシーの誕生を強く望み、そして東京ディズニーリゾートの発展に尽力した「髙橋政知社長」は、ディズニーシーの開園を見ることなくこの世を去ってしまいました。

そのことから「髙橋社長」への敬意と功績を称え、髙橋政知氏の誕生日である9月4日をあえてグランドオープン日に選んだのです。

一見、違和感のあるオープン日に感じますが、ディズニーシーのオープン日は、とても深い思いが込められているのです。

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東京ディズニーランドの歴史

いつできたのかを知ったうえで、東京ディズニーランドはどのような経緯で誕生したのか。

そして開業日以来、どのようにパークのエリアやアトラクションは変化し、進化を遂げていったのかをみてみましょう。

パークが変化するうえで、惜しくも終了してしまったアトラクションも歴史の一部として取り上げていますよ。

東京ディズニーランド誕生秘話

どのような経緯で東京ディズニーランドは誕生したのでしょう。

実は東京ディズニーランドを建設する前の千葉県浦安市は、漁業が盛んな街として知られていましたが、工場から漏れ出た汚水の影響によって東京湾沿岸の海域汚染がすすみ、漁業は衰退してしまっていました。

そんな衰退していく街の復興の候補としてあげたのが、海を埋め立ててその上にレジャー施設をつくって街を発展させるというものでした。

オリエンタルランド社は「海面を埋め立てて千葉県の発展に寄与することを目的」として設立し、日本にディズニーランドを誘致するという大きなプロジェクトへの舵をきったのです。

しかし、誘致からパーク実現までの道のりは決して容易なものではありませんでした。

誘致からパーク実現までの道のり

まず、大きな壁となったのが、海を埋め立てるには地元の漁業で生業を立てる「漁業組合」と交渉し、そして協力を得ることです。

漁業組合への補償交渉は「髙橋社長」の粘り強い交渉と熱意によって、予想よりも早く成立しました。

しかし、そこから日本の千葉県浦安市にディズニーパークを誘致するというのは一筋縄ではいきませんでした。

オリエンタルランド社だけでなくその他にも誘致したいライバルが複数おり、建設候補地としていくつか上がっていたからです。

最終的に候補地として残ったのは千葉県と静岡県となり、東京からのアクセスの良さなど千葉県浦安地区がディズニーランドをオープンするのに適していると、ディズニー社に猛烈なアピールをし続けました。

そんな熱意と苦労の甲斐あってか、ようやくディズニー社はオリエンタルランド社の熱意に応えて、長い交渉の末、両社の契約が締結し正式に「東京ディズニーランド」が千葉県浦安市に誕生することが決まったのです。

「子供だけでなく大人も楽しめる遊園地をつくりたい」というウォルトの思いが込められたディスニーランド。

そんなテーマパークを日本のゲストにも届けたいと強く願った「オリエンタルランド社」の熱意と「ディスニー社」の協力なくして、日本でのグランドオープンは実現することはなかったでしょうね。

エリアの歴史と移り変わり

東京ディズニーランドのエリアがどのように移り変わっていったのか、エリアの歴史もみていきましょう。

開園当初からあるエリア

東京ディズニーランドのグランドオープン(1983年4月15日)に伴い5つのテーマポート(エリア)もオープンしました。

のちに2つのテーマポートが加わり、現在の7つのエリアになります。

開園当初からあるエリアは以下のとおりです。

開園当初のマップ
出典:東京ディズニーリゾート公式サイト
  • ワールドバザール
  • アドベンチャーランド
  • ウエスタンランド
  • ファンタジーランド
  • トゥモローランド

長い年月とともに東京ディズニーランドのエリアも変化を遂げます。

1992年にクリッターカントリーがグランドオープン

クリッターカントリーは、東京ディズニーランドが開業してから約9年後の1992年10月1日グランドオープンしました。

小動物と人間たちが共存する世界のクリッターカントリーは、小動物の足跡や住処がいたるところにあります。

1996年にトゥーンタウンを一般公開

クリッターカントリーがグランドオープンしてから約3年後の1996年4月15日に、ディズニーアニメーションのキャラクター達が住む街、「トゥーンタウン」が一般公開されました。

▶トゥーンタウンのBGSはこちら

2020年に美女と野獣エリアがグランドオープン

ファンタジーランドの一角に待望の「美女と野獣エリア」が、2020年9月28日にグランドオープンしました。

エリアに一歩足を踏み入れればそこは、美女と野獣の映画の世界が広がっており、ゲストは作品の中に入り込んだような体験ができます。

アトラクションの歴史と移り変わり

エリアが進化していくのとともに、アトラクションも続々と追加され、東京ディズニーランドはより一層魅力的なスポットへと変化していきます。

開園当初からあるアトラクション一覧

開園当初からあるディズニーランドのアトラクションは以下のとおりです。

※クローズしているアトラクションは赤くしています。

エリアアトラクション名補足
ワールドバザールメインストリート・シネマ
・ペニーアーケード
・オムニバス

・メインストリート・シネマ(2002年クローズ)
アドベンチャーランド・カリブの海賊
・ウエスタンリバー鉄道
・ジャングルクルーズ
・魅惑のチキルーム
ウエスタンランド・蒸気船マークトウェイン号
・トムソーヤ島いかだ
・ウエスタンランド・シューティングギャラリー
・カントリーベア・ジャンボリー
・デヴィー・クロケットのカヌー探険
・カントリーベア・ジャンボリーはカントリーベア・シアターと名称を変更して運営中

・デヴィー・クロケットのカヌー探険はビーバーブラザーズのカヌー探険としてクリッターカントリーで運営中
ファンタジーランド・シンデレラのゴールデンカルーセル
・空飛ぶダンボ
・イッツ・ア・スモールワールド
・ピーターパン空の旅
・ピノキオの冒険旅行
・白雪姫と七人のこびと
ミッキーマウス・レビュー
スカイウェイ
・スカイウェイ
(1998年クローズ)
・ミッキーマウス・レビュー
(2009年クローズ)
・シンデレラのゴールデンカルーセルはキャッスルカルーセルとして運営中

トゥモローランド・スペース・マウンテン
グランドサーキット・レースウェイ
スタージェット
マジックカーペット世界一周
ミート・ザ・ワールド
エターナル・シー
スターケード
スペース・マウンテン以外はクローズ

惜しくもクローズしてしまったアトラクションもありますが、開園当初からあるアトラクションは今も18個存在しています。

開園後に追加されたアトラクション一覧

時代の流れやゲストが求めるアトラクションを常に追求しながら、東京ディズニーランドのアトラクションは変化していきました。

特にトゥモローランドのアトラクションは入れ替わりが激しく、大人向けのアトラクションから子供も楽しめるディズニー映画をモチーフにしたアトラクションに変更されています。

※クローズしているアトラクションは赤くしています。

エリアアトラクション名補足
ワールドバザール

アドベンチャーランド
ウエスタンランド・ビッグサンダー・マウンテン
(1987年7月4日オープン)
ファンタジーランド・アリスのティーパーティー
(1986年オープン)
シンデレラ城ミステリーツアー
(1986年オープン)
・プーさんのハニーハント
(2000年オープン)
・シンデレラのフェアリーテイル・ホール
(2011年オープン)
・ミッキーのフィルハーマジック
(2011年オープン)
・美女と野獣“魔法のものがたり”
(2020年オープン)
・シンデレラ城ミステリーツアー
(2006年クローズ)


トゥーンタウン
(1996年オープン)
・ロジャーラビットのカートゥーンスピン
・ミニーの家
・チップとデールのツリーハウス
・ガジェットのゴーコースター
・ドナルドのボート
・トゥーンパーク
・グーフィーのペイント&プレイハウス
グーフィーのはずむ家
ジョリートロリー
・グーフィーのはずむ家
(2009年クローズ)
・ジョリートロリー
(2009年クローズ)
トゥモローランドマジック・ジャーニー
(1985年オープン)
アメリカン・ジャーニー サークルビジョン360°
(1986年オープン)
キャプテンEO
(1987年オープン)
・スター・ツアーズ
(1989年オープン)
ミクロアドベンチャー!
(1997年オープン)
ビジョナリアム
(1993年オープン)
・バズ・ライトイヤーのアストロプラスター
(2004年オープン)
・モンスターズ・インク“ライド&ゴーシーク!”
(2009年オープン)
・スティッチ・エンカウンター
(2015年オープン)
・ベイマックスのハッピーライド
(2020年オープン)

・マジック・ジャーニー(1986年クローズ)
・アメリカン・ジャーニー サークルビジョン360°
(1992年クローズ)
・キャプテンEO
(2014年クローズ)
・ミクロアドベンチャー!
(2010年クローズ)
・ビジョナリアム
(2002年クローズ)
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東京ディズニーシーの歴史

東京ディズニーランドが誕生してから約13年後に誕生した、東京ディズニーシーの誕生もみていきましょう。

実は東京ディズニーランドが5周年を迎えた1988年4月15日に、まだどのようなパークになるかは決まっていなかったものの、第二パーク建設の発表がされました。

東京ディズニーシー誕生秘話

東京ディズニーランドが5周年の段階で、第二パークの発表がされていたのにもかかわらず完成までに約13年とこれほど長い年月を要したのはなぜなのか、

発表時点ではオリエンタルランド社とディズニー社の間では創るという合意のみだったこと
ディズニー社が当初提案してきた第二パークの構想と、オリエンタルランド社の構想が一致しなかったこと

この2つが関係していたからではないかと私は推測します。

というのも、ディズニー社が当初提案してきた第二パーク構想は、既に建設中だったWDWの「ディズニーMGMスタジオ」を日本の第二パークにも取り入れたいという内容でした。

しかし、第二パークは日本人にとって馴染みのある、身近に感じられるものをテーマにしたいと考えていたオリエンタルランド社は、ディズニー社の提案を受け入れませんでした。

ディズニー社が提案してきた「ディズニーMGMスタジオ」案は、当時社長だった髙橋氏によって破棄されましたが、その後この計画は行き詰まり一時撤回するかのような状態になります。

コンセプトの決定からパーク実現までの道のり

もう、実現は不可能かと思っていた矢先、1992年に第二パークの構想のアイディアが浮かび上がり、ふたたびプロジェクトは動き始めるのです。

アイディアは、日本人にとって身近で、そして愛着のある「海」から多くのヒントを得ました。

そのアイディアはのちに、今の東京ディズニーシーの原型となる(7つの海のテーマポート)に繋がります。

東京ディズニーシーの実現に向けて、両社の協議はコンセプトはもちろん、パークのアトラクションやシンボルなど細部にわたりました。

シンボルを決める過程においては文化的な違いによって意見が分かれることもあったそうです。

しかし着実に東京ディズニーシーが形となっていったのは、両社とも「世界にひとつしかないテーマパークを創りたい」と思う熱意と情熱があったからです。

もし、ディズニー社が当初提案してきた「ディズニーMGMスタジオ」をの案を髙橋社長が破棄していなければ、世界にひとつしかないテーマパークは日本に存在し得なかったと思うと考え深いですね。

▶ディズニーシーのアイコンに関する豆知識はこちら

エリアの歴史と移り変わり

東京ディズニーランドに比べて歴史が浅いため、今後エリアがどのように移り変わっていくのかをみていきましょう。

開園当初からあるエリア

開園当初からあるエリアは以下のとおりです。

出典:東京ディズニーリゾート公式サイト

実は東京ディズニーシーは開園当初からすでに7つのテーマポートで構成されています。

  • メディテレーニアンハーバー
  • アメリカンウォーターフロント
  • ポートディスカバリー
  • ロストリバーデルタ
  • アラビアンコースト
  • マーメイドラグーン
  • ミステリアスアイランド

そのため、ここ数十年で大きくエリアが追加されたといった変化はありません。

▶ディズニーシーのエリアに関する豆知識はこちら

2024年にファンタジースプリングスエリアがグランドオープン

しかし、2024年6月6日(木)に待望の新エリア「ファンタジースプリングス」がグランドオープンすることが決まり、東京ディズニーシーに新たなエリアが加わります。

出典:東京ディズニーリゾート公式サイト

新エリアが追加されるのは、東京ディズニーシーがグランドオープンしてから初めてのことです。

ファンタジースプリングスエリアは以下の作品で構成されています。

  • フローズンキングダム「アナと雪の女王」
  • ピーターパンのネバーランド「ピーターパン」
  • ラプンツェルの森「塔の上のラプンツェル」

ディズニーファンタジーの世界「ファンタジースプリングス」エリアが誕生することで、より魅力的なテーマパークへと進化しますね。

アトラクションの歴史と移り変わり

東京ディズニーランドと同様に時代の変化にともなって、東京ディズニーシーのアトラクションも追加されたり変更されたりしていきました。

開園当初からあるアトラクション一覧

開園当初からあるディズニーシーのアトラクションは以下のとおりです。

※クローズしているアトラクションは赤くしています。

エリアアトラクション名補足
メディテレーニアンハーバー・ヴェネツィアン・ゴンドラ
・トランジットスチーマーライン
・フォートレス・エクスプロレーション


アメリカンウォーターフロント・ビッグシティヴィークル
・エレクトリックレールウェイ
ポートディスカバリーストームライダー
・アクアトピア
ストームライダー
(2016年クローズ)
ロストリバーデルタ・インディジョーンズ
・トランジットスチーマーライン


アラビアンコーストシンドバッド・セブンヴォヤッジ
・マジックランプシアター
・キャラバンカルーセル
シンドバッド・セブンヴォヤッジ
(2006年クローズ)
マーメイドラグーン・フランダーのフライングフィッシュコースター
・スカットルのスクーター
・ジャンピンジェリーフィッシュ
・ブローフィッシュ・バルーンレース
・ワールプール
・アリエルのプレイグラウンド
・マーメイドラグーンシアター
ミステリアスアイランド・センターオブジアース
・海底2万マイル

シンドバッド・セブンヴォヤッジとストームライダー以外は、現在も運営中です。

東京ディズニーランドに比べて、東京ディズニーシーの開園当初はアトラクションがかなり少ないです。

開園して間もない頃、家族で東京ディズニーシーに何度か遊びに行った記憶があるのですが、それほどめぼしいアトラクションも無く、パーク内はかなり空いていました。

ほとんどのアトラクションの待ち時間が5から10分だったので、1日で全部のアトラクションを制覇した記憶があります。

今では考えられない光景ですよね。

開園後に追加されたアトラクション一覧

開園当初の東京ディズニーシーはアトラクションが少なかったですが、2005年頃から約1年毎にアトラクションが追加されていきます。

エリアアトラクション名補足
メディテレーニアンハーバー・ソアリン
(2019年オープン)
・レオナルドチャレンジ
(2008年オープン)


アメリカンウォーターフロント・タワーオブテラー
(2006年オープン)
・タートルトーク
(2009年オープン)
・トイストーリーマニア
(2012年オープン)
ポートディスカバリー・ニモ&フレンズシーライダー
(2017年オープン)
ストームライダーの跡地にオープン
ロストリバーデルタ・レイジングスピリッツ
(2005年オープン)


アラビアンコースト・シンドバッドストーリーブックヴォヤッジ
(2007年オープン)
・ジャスミンのフライングカーペット
(2011年オープン)
シンドバッドストーリーブックヴォヤッジは、シンドバッド・セブンヴォヤッジの跡地にオープン
マーメイドラグーン
ミステリアスアイランド
ファンタジースプリングス・アナとエルサのフローズンジャーニー
・ピーターパンのネバーランドアドベンチャー
・ラプンツェルのランタンフェスティバル
2024年6月6日オープン

ディズニー映画を題材としたアトラクションが続々とオープンし、大人が楽しめるパークから子供も楽しめるテーマパークへと変化していったのがわかりますね。

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まとめ

今回は、「東京ディズニーランド」と「東京ディズニーシー」のグランドオープン日はもちろん、どの様な経緯で誕生したのか、

また、グランドオープン日から今日までどのようにして変化、進化を遂げていったのかを私なりに簡単に解説させていただきました。

ウォルト・ディズニーが残した「ディズニーランドは永遠に完成しない、この世界に想像力が残る限り成長し続ける」という名言通り、ディズニーランドはもとより東京ディズニーリゾートは時代とともに常に進化し、私達に感動を与え続けてくれています。

パーク誕生の背景やこれまでのあゆみを知ることで、一人でも多くの方がよりディズニーを好きになり、パークを楽しんでいただけたら幸いです。

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